洋食セーヌ軒を知っていますか?

洋食セーヌ軒とは、神吉拓郎さんが昭和62年(1987年)に発表した短編集です。出版されてからもう30年近く経つのにもかかわらず、その人気は根強く、料理をテーマにした小説を紹介する雑誌やテレビなどで、必ず取り上げられることもあります。

神吉拓郎さんは、1928年に東京で生まれました。英文学者であるお父様の影響を受け、自身も文学を学び、そこから小説家としてデビューします。長編や短編を数多く発表されていますが、それだけではなく、NHKラジオの放送作家としても名を馳せた人物です。当時人気だったコーラスグループ「三木鶏郎グループ」の一員として、台本をまかされることも何度かありました。

また、日常の小さな出来事を文字に残すことがとても上手な作家として、今も憧れている方がたくさんいます。もしまったく知らないという方がいれば、直木賞も受賞した「私生活」という短編集を読むと、彼の文章のスタイルや雰囲気がわかっていただけるかと思います。

東京で生まれ育ったからなのか、自分のスタイルや考え方、ファッションについてもしっかりとこだわりがありました。またそれは食事に対しても同じで、おいしい食事もとても好んで食べていたそうです。そんなグルメな彼だからこそ、書けた小説がこの「洋食セーヌ軒」。次にあらすじをご紹介しますね。

簡単なあらすじ

この本には17話の短編が収録されています。日々を生きる男女との関係がメインのお話でありながらも、そのそばには必ず料理があります。

中でも私が好きな短編は「ホーム・サイズの鱒」です。夫が亡くなった加奈子が新しくできた恋人である10歳年上の恋人に、自宅で手料理を作る。あらすじを簡単に述べればただそれだけのストーリーです。

けれど、神吉拓郎さんのすばらしさは、そんな単純なストーリーの中でも、人の心の動きを詳細に描きだすことです。ほんとうにささいな、とっても小さな気持ちでも、淡々と、けれどだれにでもすっと心に染み入るように描き出すのです。

このストーリーに登場する加奈子も「自分はこれからどうなるのか」ということを自問しながら料理を作っていきます。30代が終わり、40代に入る直前である彼女の細かな心の機微を詳細に描き出しています。また料理の描写もとても鮮明で、虹鱒をメインとした料理はとってもおいしそうなんですね。

グルメな小説は今でこそ、とても数が多いけれど、昔はまだそこまで多くはありませんでした。神吉拓郎さんは自身がグルメな人物だったからこそ、このおいしい料理がたくさん登場する小説を描けたのかもしれません。

おいしそうでついお腹がすいてしまうほど、心が動かされる文体で描かれた料理の数々はもちろん、それにまつわる男女のさまざまな心の動きもぜひ、ご自身で読んでみて下さいね。

読んだ感想は

神吉拓郎さんは直木賞も受賞していて、ほかにも数々の名作があります。けれどこの短編集が彼の一番の秀作だと思っている方も少なくありません。それだけ、食事をテーマにした小説の中ではもちろんのこと、随筆小説の中でも、かなりの人気を誇っているんですね。

この小説のメインはあくまで男女の関係と彼らの細やかな気持ち。けれど、そこにサイドメニューで添えられているお料理がほんとうにおいしそうで。グルメな方にはぜひ読んでいただきたい、おいしくもちょっとだけ切ない、ほかでは食べられない心の栄養だと思います。

まとめ

神吉拓郎さんという方をご存じでない方は多いかもしれません。けれど、昭和の小説家として、今もひそかに根強いファンがたくさんいるんですね。図書館などでも読むことができるので、ぜひ一度手に取って、お料理と共に楽しんでみて下さいね。